魔大陸「鍵穴ルカ」


魔大陸「鍵穴ルカ」
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隣に、少女がいた。

幼い頃から隣に住んでいて、
思春期まで共に暮らし、
そして、再会してからも。

いつでも隣にいて、笑ってくれていた少女が。

今も、その少女は隣にいる。
でも、それは―――…

「…………」

掌で輝く「スフィアキー」を見つめ、クロアは翳った表情のまま、顔を上げた。
ここは、魔大陸。
生きる物が存在しない、詩魔法で紡がれている「幻」。
そして、この大陸を維持し続けているのは―――

目の前にいる、少女だった。

「ルカ……」

クロアが名前を呟くと、少女は明るく訊いてきた。
「スフィアキー、入れる?」
「………」
「入れないと、この状況は変わらないよ?
 やだなぁクロア、もしかして心配してくれてるの?
 大丈夫だよ、…私は痛くないから」
クロアはそれには答えず、ただ虚ろな目でルカを見つめるだけだ。
いいや、正確には彼女はルカ本人ではない。
インフェルスフィア内で入れるポインタを増やして、この大陸の世界を拡げる為に
存在している「鍵穴」である。
ルカの一部であり、ルカの役割もこなせるが、ルカではない――。
尚も沈黙したままのクロアに、ルカは顔を覗き込んで自分の顔をクロアの視界に入れた。
「元気ないね、沈んでるの? そうだ、セラピしてあげよっか!
 この村にもダイブマシンあるから大丈夫だよ?」
「………」
ルカの人懐っこい、けどどこか平坦な笑顔をクロアは見返す。
彼女の笑顔はいつもどこか、今のように平坦であったり、悲しそうに感じられる
ことが度々あった。まるでそこには、彼女の笑いたい本心が無いかの様に。
クロアは苦しそうに呟いた。
「……始めようか。頼む」
「うんっ。じゃあ脱ぐね」
ルカは手際よく服の掛け合わせを解き、するりと布生地を白い肌に滑らせた。
華やかな色の上着はルカを中心に弦を描くように床に落ちる。
「いいよ、どうぞ」
「……ああ……」
クロアは手を伸ばして、ルカの華奢な肩を引き寄せた。
ルカは上着を脱ぐと、とても目のやり場に困る姿になる。
だから敢えて視界に入れない為に、クロアは左手でルカの顔を自分の胸に埋めた。
ルカも素直にクロアに身を預ける。
「……入れるぞ」
「うん」
クロアはあられもない姿のルカの体に触れている事実を、なるべく考えないようにしながら
ゆっくりとスフィアキーをルカのインストールポイントがある、
左胸の横下、肋骨側面へ押し当てる。
光が散り舞い、少しずつ挿入されていく。
胸の中のルカが力ばむ様子もないので、本当に痛くはないのだろう。
それでもクロアは、力を入れすぎないように慎重に押し込む。
やがてスフィアキーは全て、光となって砕けてルカの中に入った。
「えへへ……終わったね。これでまた行けるポインタが増えたよ。
 嬉しい? クロア」
「……まあ、事態が前進しているのなら嬉しいが」
「……やっぱり元気ないね、クロア。早く『本物の』ルカに逢いたい?」
クロアの胸にうずまっていたルカがついと顔を上げた。
至近距離で見つめられて、クロアは少し視線を逸らしてから重い口調で返す。
「……当たり前だろ」
「ふぅーん……。嬉しいような……ちょっと妬けちゃうような」
「何でだよ……」
「だって目の前に、私がいるのに」
少しだけ唇を尖らせて拗ねた様子のルカにクロアは困惑する。
「ルカの一部で、『鍵穴』としての役割でここにいるって言ったのはそっちだろ」
「そうだよっ。でもやっぱり……私を見てくれてないっていうのは、
 少し寂しいかも」
ふいにルカは両腕を伸ばして、クロアの首の後ろへ手を回した。
そのまま、彼の顔を少し引き寄せ、視界を独占する。
「……ルカ?」
「たった一部分に過ぎないけど……私だってルカなんだから。
 私だって、クロアの事が……」
「何を……」
更に、顔が近づいてくる。ルカの瞳に自分の顔が映り込んでいるのが分かるくらいに。
「いいんだよ……私になら我慢しなくて。後ろにはベット。誰もいない。
 クロアの好きにしてもいいよ……? ……例え、代わりでもいいから……
 だから――……」
「ルカ、俺は――」

その言葉の先はルカの唇に塞がれ、飲み込まれた。

「……っん……ん……ふ」
今まで感じたことの無い、柔らかい感触と滑らかに絡みつく唾液。
逃がさない様にルカは両手でクロアの頬を挟み、尚も深く唇を重ね続ける。
何度もお互いを擦り合わせ、重ね、絡み、吐息を分け合う。
それは、互いの温もりを享受する事の出来る、とても幸せな行為なのだろう。

だが――

「…………クロア?」
長く熱い唇の邂逅が解けて、息を乱し頬を染めたルカが顔を離しても
クロアの表情は暗く翳ったままだった。
「クロア……どうしたの? だ……駄目だった……?
 ……ま、満足出来なかったんなら、次はクロアの好みで――……」
「……ルカ、違うんだ。そうじゃない……ただ、」
「触っていいんだよ? 何したっていい。何が望み?」
「……そういう意味なら何も望まない」
「どうして? ルカが好きなんでしょ? 私だって姿はルカなんだよ。
 ルカの代わりになれるのに……触れたいとは思わないの!?」
少し激昂気味のルカを見つめながら、呻く様にクロアは言葉を返す。
「……思っていない訳、ないだろ」
「じゃあどうして!」

「……代わりなんか、いないからだ」
抑揚の無い声と、陰りを見せながらも真摯な瞳で見据えられ、ルカは返す勢いを失った。

「確かに……ルカの事は好きだ。とても、大切だ……。
 一度失って、それが凄くよく判った。
 だから近くにいたいと思う。護りたいと思う。触れたいと思う……。
 でも」
クロアはここからは遠く離れた「約束の丘」に思いを馳せた。
そこの最深部の祭壇に安置されている、目を閉じたまま起きないルカの姿が
彼の脳裏に浮かぶ――。

「俺が……護りたいと思うのは、触れたいと思うのは、
 欲しいと思うルカは……『約束の丘』にいるルカだ。
 もっと深く言えば、ルカ自身の……心なんだよ」

いつもいつもどこかよそよそしくて、寂しそうで。
何でも独りで総てを抱えて、苦しくても誰にも助けを求めようともせずにいて。
そして今まで、何処かでその事に気付きつつも踏み込んでいけずに
ずっとうわべだけの「恋人係」でいた自分。
思い返せばそう、恋人「役」ですらなかった。……だから。

「今度こそ、本当の意味でルカを護る。ルカの支えになる。
 だから早くルカの『心』を取り戻したい。
 ……俺は今、その為にここにいるんだ。だから――」
「ストップ」
少し寂しそうに、目の前の少女は彼の言を制した。
うつむき加減のまま一歩二歩後ろへ下がり、クロアとの距離を空ける。
「……解ったよ、クロアの気持ち。充分に伝わった」
「……すまない」
「あやまらないでよっ。ちょっとだけショックだけど。
 ……でもやっぱり嬉しい気持ちの方が勝ってるかな。
 クロアは本当に『ルカ』の事が大切なんだって、判ったから」
ルカがいたずらっぽく茶化すと、クロアは苦笑した。
「……本人の姿で言われると何だかな……」
「照れてるの? えへへ、可愛いねクロアって。
 ――じゃあそろそろ……インフェルスフィアダイブしよっか。
 この大陸の世界を拡げて、ルカの『大地の心臓』に近づくために」
「ああ。クローシェ様とスープを呼んで来てくれるか?」
「うんっ」
手早く床に落ちている上着を着て、ルカは小走りでドアに駆けていった。
ノブに手を掛けて、そういえば、と呟きながらくるっと顔だけを後ろにいる
クロアへ向けた。

「ねぇクロア、本当のクロアの気持ち聞かせて。
 さっきのキス、どうだった?」

不意打ちに妙な質問を投げかけられて、クロアは狼狽した。
「な、何だよそれ……」
「気持ち良くなかったかって聞いてるの! 嬉しくなかった?
 全然その気になれなかった?」
「関係ないだろう、今はそんな事……」
「関係なくないよっ! ルカにとっても大事なことなんだから!
 ……やっぱり、駄目だったのかな……」
消え入りそうな声で弱々しく呟くルカの様子を見て、クロアは逡巡しながらも
ゆっくりと、とても言い難そうに口を開く。

「……その……何ていうか……悪くなかったというか、
 むしろ、色々と抑制するのに精一杯だったというかだな……」
何だか要領を得ない発言に、ルカは困ったように小首を傾げる。
「あのぅクロア、それじゃ全然良く分かんないんだけど……」
クロアは片手を腰に当て、重く長い溜め息をつくと、やがて観念したように白状した。

「頼むから、誘ったり仕掛けてくるのはやめてくれ。
 ……もう次は、自分の欲望を我慢を出来そうも無い」

きっぱり言われて、ルカは暫し目を瞬いた。
やがて頬を朱に染めてうつむき、ぽつりと呟く。
「意外とえっちだね」
「……当然だと思うが?」
開き直った様子のクロアにルカは思わず吹き出した。
「じゃあ、『続き』は本物のルカとどうぞっ」
「お、おい!」
「えへへっ。……でも、今のルカは自分の目的や欲望に対して正直な在り方に
 なっているのは解っているよね? 『鍵穴』としての私もその例外じゃない。
 要するに、ルカを元に戻したからといって、すぐに押し倒したりするのは駄目だよ?
 本当のルカの心は、まだ色んな事に対して頑ななんだから」
「判ってるさ。けど随分な言われようだな……」
うなだれた様子のクロアに、ルカは満面の笑みを向ける。
「じゃあ、頑張ってね! ……本当のルカを取り戻すために」
「――ああ」


部屋から出て行く少女の背中を見送りながら、青年は思う。
いつも隣にいて、笑ってくれていた少女の事を。

少女の寂しそうな笑顔を思い返しては、決意を新たにする。
今度こそ彼女を、その心を護ろうと。

彼女の心の一番近くにいて、いつでも支えられるように。
彼女の心に抱え込んでいるもの総てを、包み、癒す事が出来るように。


そしてその笑顔を、本当に輝くものにする為に。





――ゲーム本編へ続く。おわり


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