「真夜中の内緒悪戯」


「真夜中の内緒悪戯」
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それは、いつも通りの、たわいもないやり取りから。
きっかけは、ほんの些細なことだった。

「すっかり習慣になったわね。正直最初は大して乗り気でもなかったんだけど」
「そうね。私も最初は、自分を少しでも強化したいと思っていただけなのに。
 こんなにも誰かとお喋りしながらお風呂に入るという事が楽しいだなんて、
 想像もしていなかったわ」
「そうですねっ」
ここは、今夜宿泊する宿屋にある、程よい広さの浴場。
そこで三人の少女が、熱めの湯船に浸かり楽しく談笑していた。
レーヴァテイル特有の強化補助『デュアルストール』中なので、他の客はいない。三人だけの貸切だ。
「さて、今日は何を入れようかしら。新作はある?」
流れる様な黒髪、雪の様な白肌の小柄な少女が、両手を腰に当てて挑むように訊ねた。
彼女は薄い手ぬぐいを下半身に申し訳程度に巻いているだけの格好だ。
首に掛けているもう一枚の手ぬぐいが、辛うじて彼女の薄い胸部を隠している。
「勿論よ、ジャクリ。これなんか如何かしら?」
傍らにいる少女が、すぐに応えた。
彼女は緩いウェーブの掛かった金髪をひとつに束ね、豊満な肢体をタオルの中に押し込めている。
この世界の誰と並ぼうと、彼女の美貌は揺らぐ事の無い輝きがある。

「…………」
クローシェとジャクリが、本日の『デュアルストール』の配置をどうしようかと
意見をあれこれ投げ合っている横で、
彼女―――ルカ・トゥルーリーワースは、話し合いに参加せずに物思いに耽っていた。
「……はぁあ……」
溜め息がひとつ。
彼女は、自分を省みていた。……正確には、自分の『体』を。
紆余曲折した末、改めてクロアと『付き合う』事になり、旅の中で少しずつ
でも確実に、心も含めたお互いの距離を縮めてきている。
それは彼女にとって、幸せで、とても嬉しい事だった。
だがそんな中、一つ懸念があった。今までは真剣にそこまで考え詰めていなかった事が。


―――私、女としての魅力ってないのかなぁ……。

何気なく俯くと、揺らぐ湯面の中に『ラクシャク商工会』と
プリントされたタオルに包まれている己の体が見えた。
決して豊かとはいえない胸の大きさが恨めしい。
ちらりと、向こうの二人を盗み見る。
「ちょ、ちょっとジャクリ、それは何かしら?」
「何って、確かゲロシゴってヤツよね。私が作ったの。これが何か?」
「ゲロシゴなのは見れば解ります! 問題は、そ、それ……どうして
 とことこ歩いているのかしら? わ、私が作った『とことこゲロッゴ』の
 パクリじゃなくて!?」
「失礼ね。よく見なさい、歩いてるんじゃなくてこれはほふく前進よ。
 名前は『もそもそゲロシゴ』。パクリじゃないわ」
「明らかに影響受けているじゃないの!
 いいでしょう、今日こそ決着を付けてみせるわ!!」
「ふん、望むところよ」
デュアリスノ結晶の配置で揉めているのかと思いきや、どうでもいい事で
白熱している二人の会話を聞き流し、ルカはふちに頬杖をついた。
ちゃぷんと、湯音が鳴る。

――せめて、クローシェ様の半分でもあればなぁ……。
  もしくは、ジャクリくらい自分に自信が持てたら……。
  二人とも美人顔だし……魅力的だし……。

「……はぁあ……」
溜め息が、またひとつ。
クロアとお付き合いをしているとはいえ、今は呑気に色事に現を抜かしている
世情ではないのはよく分かっている。
だから今までも白昼二人きりになる事は、少ない。
せいぜい夜中の、寝る前にひとときの会話をしている間くらいである。
その最中で、ちょっといい雰囲気になったりはするけれど、だがそれだけだ。
要するに、まだ何にもしてない……されていないのである。
『恋人同士ですること』に代表される事は、依然と、何一つとして。

――やっぱり、ないんだろうな……魅力……。

ルカが自滅的な思考で自身を追い詰めていると、

「そんな事はないと思うのだけど」

唐突に声が掛けられた。ルカがびっくりして振り返ると、クローシェとジャクリが
二人してこちらを見つめていた。
ルカは心なし身を引きつつ、慌てて二人に笑みを作る。
「えっ……と、今何か言いましたか? クローシェ様」
「何、って。貴女が『私って魅力ない』みたいな事言うものだから。
 私はそうは思わないわ、って返しただけよ」
「えっ……ええと、言ってました? 私そんな事……」
温かい湯船の中にいる筈なのに、背中に冷たいものを感じながら重ねて訊ねる。
聞き違いであって欲しかったのだが、
「ええ、言っていたわ」
「まあどうせ、クロアとの事で悩んでいるんでしょうけど」
クローシェにあっさり肯定され、挙げ句に
ジャクリが図星を突いてきたのでルカは身じろいだ。
どうやら、心の声が漏れていたらしい。思いっきり。
「ち、ちがーう! ちがいますっ!」
「どうせ何もしてくれないから、とかそういう事なんでしょ。
 安心しなさい、向こうがヘタレなだけよ。
 貴女はどっちかというと、大きさを気にしているみたいだったけど」
「……? ジャクリ、大きさって何のこと?」
「きゃーっ! きゃーっ! ジャクリってば何てこと言うのっ!
 クローシェ様どうか気にしないでくださいっ!!」
ルカは慌ててジャクリの口を塞いだ。波立つ湯面にあひるが浚われる。
超絶世間知らずのお姫様は会話の真意がつかめず、しきりに首をひねるばかり。
その時、ジャクリの白く細い指が、ルカの胸に伸びた。
「えい」
「ひゃあんっ!」
ジャクリに軽く胸を揉まれて、ルカはあっさり彼女を解放した。
「なっ、何するのーっ!」
「男にとって、大事なのはサイズどうこうじゃないわ。
 感じやすいかどうかだと思うから安心しなさい、合格よ」
ジャクリは嘲笑しながら、皮肉か励ましか判らない言葉をルカに掛ける。
「正直、あの男は大きさなんて気にしていないと思うんだけど。
 何なら、私が訊いてきてあげてもいいわ」
「……さっきから貴女達は、何のことについて話しているのかしら?」
「も……もぉ――っ! いいからもうこの話はおわりですっ!
 そうだ! 何か入浴剤いれようっ! ねぇ、何がいいですかっ?」
ルカは真っ赤になって、話題を無理矢理軌道修正しようと試みる。
二人の会話内容に入れなかったクローシェは、あっさりルカの誘導に流れた。
「そうね。ルカ、何かお薦めはあるの?」
「うーん……。今まで作ったものは一通り入れましたし……。
 何か新しいのを試したい所なんですけどね」
二人が思案している処に、
「ふふふ……。いいモノがあるわよ」
不敵な笑みを浮かべてジャクリが取り出したものは――何と、お酒の瓶。
「え……ええーっ、お酒!?」
「そうよ、いわゆる酒風呂ってヤツね。一度やってみたかったのよ」
「いけませんっ! 私達は未成年なのよ!? お酒だなんて言語道断でしょう!」
模範御子クローシェの正当な反論にも、ジャクリはただ
貴女達はそうでしょうけどね、と軽く流して意見を述べる。
「別に呑もうって言ってるんじゃないわ。浸かるだけよ。とっても温まるらしいし、
 デュアリスノ結晶との相乗効果が期待出来るかも知れないじゃない」
あくまで強気の姿勢を崩さないジャクリにクローシェは尚も何か抗議したが、
結局代案もないし、面白そうだから入れてみることになった。
ジャクリが勢い良く栓を抜き、瓶を豪快にひっくり返して中身を空けた。
白濁の美酒が湯船に溶け、浴槽全体に拡がっていく。
「はあ……。なかなかいい感じね」
湯面を手の平ですくいながら、ほっとしたようにクローシェが呟く。
ルカも浮かぶあひるを突っつきながら、笑顔で応える。
「そうですね、すっごく温まる感じ……。でもお酒臭くならないか心配ですけど」
「……香りで酔ってしまう何て事はないわよね?」
「あはは。いくらなんでもそれは無いと思いますよ。
 ねぇ、ジャクリ……」
……横を向くと、隣にいた筈のジャクリの姿がない。
いや、いなくなった訳ではなく、

沈んでいた。

浮いていた、のではなく、完全に湯船に没していた。
「きゃ―――っ! ジャクリ溺れてるっ!!」
「か、香りで酔ったんじゃなくて!?」
「い、いやそれはないと思います……。とにかく引き上げなきゃ!」
浴底で長い黒髪がうねる軽くホラーな物体を、二人は必死に抱き起こそうとする。
顔半分を湯船に沈めて、何とかジャクリの体を支えようとするが、
「うう〜げぼっ! 何よぉ、ヒック、わたひの酒が呑めないってのぉ!? がはっ」
当人は、溺れた際に湯を相当飲んでしまったらしく、早くも出来上がっていた。
「きゃーっ、ごぼっ、暴れないでジャク……がぼっ!」
「クローシェ様あぶな……! きゃあっ、がぼぼっ!」
暴れるジャクリにバランスを崩され、遭えなく二人は酒風呂にひっくり返る。
その拍子に思いっきり、酒湯を飲み込んだ。
ある意味、お約束といえる。


「あの三人のお風呂っていっつも長いよね〜」
ロビーのソファーで軽く伸びをしながらの、ココナの何気ない一言。
傍で一緒に寛いでいたアマリエも相槌を打つ。
「そうねー。きっと色々時間かかるんでしょう、女の子だしー。
 あークロア、今ヘンな事想像してたでしょー? や〜んやらし〜い」
「く、クロはぷーな事考えたりしないよっ! で、でも、もしそうだとしても
 男の子なんだからココナは何とも思わないからね!」
話の矛先が嫌な感じでこちらに向けられたのを感じ、
「……もう部屋に戻るよ。おやすみ」
クロアは眼鏡を抑えながらソファーから立ち上がると、素早くその場を去った。


「ふううぅ……」
あれから暫く経って、ルカは今、やっと自分の宿部屋へ向かっているところである。
かなり遅い時間になってしまったので、薄く明かりが灯るだけの暗い通路に、人影はない。
宿泊客は皆、とうに寝静まっているのだろう。ルカの足音だけが細く響く。
「疲れたぁ……。何か、クラクラするし……」
結局、助けを呼んでもジャクリの泥酔振りを説明しにくいし、第一恥ずかしいので
何とか二人だけでジャクリを運び、彼女の部屋へ寝かせたのだった。
クローシェも先程、おぼつかない足取りで静かに部屋の中へ消えた。
そうしてルカも、浅く蛇行しながら部屋のドアへ到着した。ノブを回す。
「……着いたぁー。もう寝るぅ……」
入るや否や、薄暗い部屋の中、勘だけを頼りにベッドへ文字通り倒れこんだ。
気持ちよくマットに埋まる、筈だった。
だが、
「うわっ!?」
別の堅い何かを下敷きにした。と同時に、誰かの声がした。
そこにいたのは、

「る……ルカ!?」
「あ〜、あれぇ……? クロア……?」
クロアが先客で、ベッドを使っていた。

――いや、正しくは、ルカが自分の部屋を間違えただけなのだが。
ルカは少し首を傾げたが、諸々の理由で判断力が低下している彼女は
大して気にも留めずに、
「えへへ、まあいいかぁ……。おやすみなさい……」
仰向けに寝ていたクロアを下敷きにしたまま、彼の上でうつ伏せに寝た。
こてん、と顔をクロアの胸へ埋めた拍子に、彼女の藍色の髪が扇上に広がり、
彼の顔をくすぐる。そして自然と絡み合う、お互いの素足。
そのまま寝入られたら精神衛生上、大変困るのでクロアは慌てた。
「い、いや待て! 頼むからルカ、起きてくれ」
上体を起こして、少し強めの声でルカの起床を促す。
彼女は虚ろな眼でクロアを見返した。その頬は紅潮し、瞳は焦点が合っていない。
「何よぉ……。ここは私の部屋なのに寝ちゃいけないのーっ?」
「い、いやだから、ここはルカの部屋じゃなくてだな……。……ん?」
至近距離のルカからほんのりと、アルコールの微香が漂ってくる。
彼女の雰囲気も平素とは違う。何しろバスローブ一枚でクロアの前に姿を見せるなんて事、
今まで無かったからだ。残念な話だが。
「る、ルカ……何だか少し酒くさいぞ? まさか、呑んだなんて事は……」
「やだなーっ。呑んでなんかいないよぅ……。お風呂に入れただけだよっ?」
それで何故ほろ酔いになっているんだと問いたいが、今は原因を
突き止めている場合ではない。
素面ではないのは目にも明らか。早急に自室へ帰して寝かせるべきだ。
「さあルカ、部屋に戻ろう。俺も一緒に行くから、な」
ルカの体を揺すって宥める様に言葉を掛けるが、酔っている彼女には通じない。
逆に不服とばかりに言い返しを食らう。
「……クロアはぁ〜、私と、寝たくないんだねっ? ……ひどいよぅ」
「……どうしてそうなるんだよ」
「私って……そんなに魅力ない……?」
ルカは、只でさえ至近距離にある顔を、更に近付けてきた。
艶っぽく潤んだ双眸が、薄い灯りに照らされて見える。
「だぁって……クロアったら、毎日の様にお話してるのに……。
 ……なんにもしないんだもん」
少し、拗ねた様な言葉選び。だがその声はまるでクロアを誘う様に甘く響く。
「な、何にもって……」
「クロアにとって、私……そういう対象じゃないのかなーって。
 自信、なくなっちゃうよぅ……」
「………」
少しの、間があって。
「……ルカは」
静寂を破って、ぽつりと、クロアが口を開いた。

「本当に……判ってくれていないんだな。
 俺にも、内面と外面の違いくらいあるって事を」

何処かの誰かにも言った台詞を、もう一度、独り言の様に呟く。
その声は静かだったが、言葉には妙な力があった。
「……え?」
ルカがその言葉の真意を理解する前に、彼は動いた。
クロアは上体を斜めに起こすと、自分の上に乗っているルカをシーツへ滑り落とした。
そして仰向けに転がるルカの上に、両腕を支えにして覆い被さる。
ルカの顔の、ほんの数センチ上に、見下ろすクロアの顔。
「……クロア?」
彼女はほんの少し、瞳をまるくした。
「……見せようか?」
上から、言葉が降る。それは、禁断の提案。
薄暗がりに、悪戯を思いついた子供の様なクロアの表情が見える。
「俺が、ルカをどう思っているのかを、態度で」
「えっ……と。う、――うん……」
少し戸惑いながらも、恥ずかしげに頷いてから、彼女は照れた様に付け足した。
「でもっ、ええとやっぱり――」
「もう遅い」

――ベッド横にあるテーブルに置かれた、小さな灯りに照らされて。
壁に伸びる二つの影は、ゆっくりと、重なった。

最初は、触れて。次第に深く重ね、中でお互いが出会い、交じり合う。
「――ん……ふっ……はぁ、っん……――」
唇と唇の僅かな隙間から、漏れる吐息と、恍惚の微声。
クロアはルカの艶やかな感触を感じながら、尚も執拗に重ね、求め続けた。
舌先で中を蹂躙し、滑らかな唾液を貪る。それは彼にとって至福の味。
ようやく解放した頃には、ルカの瞳は潤み、すっかり息を乱していた。
口付けだけで憔悴した少女の耳元で、愛おしそうにクロアは囁く。
「……これだけで降参されると困るんだが」
「……だ、だってっ、クロア……。長い、よぅ……」
言葉の継ぎ間に息継ぎをしながら、ルカは頬を真っ赤にして、やっとそれだけを返す。
その紅潮の原因はもはや、ほろ酔いの所為なのか、酸素不足だからなのか、
はたまた羞恥心からなのかは判別できない。
「我慢してきたからな。控えめだぞ、これでも」
「……!! く、クロアって、そういう性格だっけ……?」
「ルカにだけだ」
「も、もぅーっ! クロアのすけべっ、えっち!」
ぷいっと顔を背ける素振りの後、少し俯いてから、そっと呟く。
「でも……びっくりしたけど、嬉しいよ。クロア……」
それは初めて触れて貰えて、安堵したルカの心からの一言。
こんなにも嬉しそうで、眩しい彼女の笑顔を見るのは、クロアにとって
初めてかも知れなかった。
隣で横になっているクロアの厚い胸に、ルカがそっと寄り添うと、
彼も、彼女の肩を抱いて、その華奢な体を包み込む。
誰にも邪魔されない、穏やかで幸せな二人だけの時間。
そして、頃合いを見計らって―――期待を込めて、クロアは囁いた。
「ルカ……」
しかし、胸の中にいる少女からの返事は無い。
「……ルカ?」
少し身を引いてクロアが様子を覗き込むと、


――彼女は深い寝息を立てて、既に眠りに落ちていた。


「え……」
邪気のないルカの寝顔を見つけて、クロアは軽く脱力した。
無理もない。
これでも一応彼は男盛り、長すぎたぬるま湯の関係を脱却すべく、
『先の展開』を画策していたとしても、それは決してやましい事ではない。
「……やれやれ」
どこか恨めしげに溜め息をつきながら、クロアは穏やかに眠るルカを見つめる。
そういえば、こんなに近くでまじまじと彼女の寝顔を見るのは初めてかも知れない、
とクロアは今更のように思い当たった。
かの魔大陸でのインフェルスフィアダイブの時、ちらりと寝顔を盗み見たのがせいぜいだ。
――しかし、あれは正確にはルカ本人ではなかった、というのは、詭弁だろうか。
そして第一、そんな雑念を擡げている状況ではなかった。
当時は、ただ、必死だった―――。
クロアは、そんな事を取りとめなく考えながら
首に掛かる彼女のさほど長くない髪を、優しく梳く。
その拍子に、髪がひと筋はらりと落ちて、白い首筋が露わになった。
「………」
クロアは後ろにやや身を引いてから、少しの間、それを見た。
こくり、と喉が鳴る。
やがて髪を梳いていた手を、少し躊躇いがちに――彼女の首筋に滑らせた。
やや、ルカの肩が震えた気がしたが、目を覚ます様子は無い。
今度は殆ど、何も考えずに眠るルカの左耳を食んだ。口先で優しく甘噛みし、首元へ
唇を這わせながら移動する。知らずと舌先でルカの首筋を撫ぜると、
ひくり、と小さく肩がはねた。
そのまま艶やかな肌の柔らかさを感じながら、鎖骨までのラインを舐めとる。
「――ん、……っ……」
薄く開かれたルカの唇から、かすかな呟きが漏れる。
だが、軽く酒の入っている彼女はやはり気がつく様子はない。
「………」
クロアの脳裏に、先程のルカの言葉が妖しく響く。

―――だぁって……クロアったら、毎日の様にお話してるのに……。
   ……なんにもしないんだもん。

それならば、と彼は思う。
――ルカだって望んでいるのだから、もう少し触れてもいいのではないか、と。

(……だいたい、意中の女にバスローブ一着で目の前で寝られて、
 我慢できる男がこの世界にいるわけないだろう?
 ルカにだって、非はある―――)

そんなご都合な考えをめぐらせながら、クロアは、意を決した様に手を伸ばした。
バスローブごしに、ささやかにふくらみが分かる部位――ルカの胸に触れた。
「んっ……」
ルカの吐息が、少し漏れた。
クロアは尚も、その存在を確かめるようにふくらみに沿って撫でてみる。
今度は少し、強めに。
「っ……ん、ぁっ……――」
まどろみの中にあっても、明らかにルカは反応しているようだ。
クロアの動きに呼応して、かすかに息を乱し、指先を振るわせる。
女性の身体はこんなにも敏感なものなのか、それともルカが過敏なのか――。
どちらにしても、クロアには喜ばしい事だった。
興奮で首後ろがぞくぞくと震える。高揚する気持ちにあらがわず、
クロアはバスローブの上からルカの胸を口に挟んた。
「は、っう……!」
意外と薄いローブの生地越しに、薄いふくらみの先端を甘咬むと
ルカは身体を引きつらせた。
クロアはルカの目が覚める事も厭わないかのように、ただ一心に彼女の胸を
口先で食み、舐め撫ぜる。その度にルカは少し身をよじり、頭を弱く振る。
「ぁん、……はぅ、んっ……」
絶えず小さく漏れる、ルカの甘い微声。喘ぐ気配。
程なく、しっとりと濡れたローブがぺたりと肌に貼りつき、
ルカのあまり豊かではないふくらみの形が、クロアの目に曝された。
部屋は薄暗く、眼鏡を掛けていないのにも関わらず、クロアにはその輪郭が
眩しく映る。下には何もまとっていないのは目にも明らかだ。
またそれを優しく口に食みながら――次は右手を、ローブの下裾から滑り入れた。
ルカの膝下から、腿内側、そして更に上へと指の腹で撫で上げてゆく。
「やぁっ……ん」
クロアの手がルカの秘所へ辿り着くのと、彼女がひくつき、嬌声をあげたのは同時だった。
そこは甘美な温みと、程よい湿り気。
薄い下着の生地越しに、股奥から手前へ、そこの柔らかさを確かめるように
指を這わせる。真ん中の秘所の窪みで、布越しに指を押し入れるとルカの脚がびくっと動いた。
そしてきゅうっ、と秘所がつぼまれ、クロアの指が軽く締め付けられる。
「はぅ、……んぁ、あっ……あぅ、――ひぁんっ」
クロアの戯れに応じて、ルカは過敏に反応し、息を乱す。
ちなみに最後の声はクロアが、きり、と爪を立てたから。
ルカのそこは、クロアによって弄られて、もう既にやや濡れ始めているようだった。
もはや彼は、荒ぶる欲望を静める術を見失っていた。

――もういっそ。
  いっその事、ルカを貫いてしまいたい―――

着衣一枚隔てた先の、生まれたままの彼女を愛しみたい。
それのどこが、咎められるだろうか。
己の欲情に支配されるまま、クロアの思考は堕ち掛けていた。
その時、だった。

「クロ、ア……」

ふいに、名を呼ばれた。クロアは、やや焦りつつさっと動きを止める。
起きたかな、と上体を起こしてルカの様子を伺うが、穏やかな寝息はそのまま。
それなら続きに勤しもう、とクロアが下劣な事を考えた時
また、ルカの唇から、小さな呟きが漏れた。

「……クロア。だい、すき……」

――それは、ただの寝言だった。
たわいもない、ただのうわ言だった。

それは例えるなら
乾いた砂地に降り落つる、ひと雫の潤い。
不協和音の中で儚く響く、澄んだ鈴音。
たわいなく、微かで、つたない存在―――。
ただ、ルカのその一言は、クロアの荒んだ我欲を諫めるには充分だった。

思わず、息を詰まらせた。
引き切った堕欲の後に残されたものは、虚無と、後悔。
「―――……っ」
クロアは左手で前髪をぐしゃり、とわしった。
ルカの笑顔を、心を裏切りかけた己の浅ましさと憤りで、
吐きそうになった。


―――最低だ。


右手でベッドシーツを、爪が食い込むほど握り締める。
無垢な表情で眠る無防備なルカを見下ろしながら、
「……最低だ」
もう一度声に出して、呻く様に呟いた。

薄闇の中、灯りに照らされて壁に映る、ひとつの影。
先程までの動きを止めていたその影が、やがて立ち上がった。



――そこは誰もいない、静かな暗い宿部屋。
そのドアを、誰かが少し開いた。だが一旦、足音は通路の向こうへ遠ざかる。
程なくして、眠る少女を抱きかかえた青年が、ゆっくりと戻ってきた。
そうっと、大切に慎重に――途中、寝ぼけた少女に抱き付かれて、
腕をほどくのに苦慮したりもしたが――ベッドへ少女を寝かせて
肩の上までしっかりとシーツを掛ける。
長い睫毛を下ろして、すややかに眠る少女の寝顔を、暫くの間ベッドの傍らで、
青年はどこか申し訳なさそうな表情で見つめていた。
やがて、腰を上げた。少女に顔を近づける。
そして、その額に、そっと口付けた。
「おやすみ、……ルカ」
小さく呟くと、青年は名残惜しそうにその部屋を後にした。




夜が更け、空が白み、東の雲海から世界の色が戻る頃。
朝の射光が差し込む階段を降り、一階のロビーへ向かう少女が居た。
そこで先に長ソファーに腰掛けていた先客を見つけて、声をあげた。
「クロア……!」
「る、……ルカ」
呼ばれてからルカの存在に気付き、クロアは思わず立ち上がった。
だが当の本人は、呼んだ積もりはなかったらしく、逆にクロアに面されて
困っている様子だった。慌てて挨拶を重ねる。
「あ、えっと。お、おはよっ、クロア」
「あ、ああ。お早う、ルカ」
両者とも、何故かぎこちない。
ルカは時折、ちらり、とクロアの顔を上目で盗み見ては頬を赤くし、
クロアといえばルカとは全く視線を合わせようとしない。
そのまま、お互い会話もせずに暫し立ち尽くした。
居たたまれなさに耐えかねて、ルカが口火を切った。
「あ、あの、クロアごめんなさいっ!」
ぺこり、と頭を下げられる。
「え、―――いや」
いきなり謝罪されてクロアはやや面食らったようだが、
自分もルカの言葉の勢いに続いた。
「いや、ルカは悪くない。悪いのは――」
クロアは言い募ろうとしたのが、
「ゆ、昨夜はねっ、ちょっと自分の部屋に戻るのが遅くなっちゃって……。
 ついでに、すぐに寝ちゃったから……」
ルカのこの弁明に、クロアは言葉を止めてほんの少し、眉根をひそめた。
そんなクロアの様子に気付かずに俯いたまま、ルカは更に言葉を継ぐ。
「だ、だからねっ。クロアがお話をしようと部屋に来てくれてても
 私、気付かなかったかも知れないから……。
 だから、ごめんなさいっ!」
そこまで勢い良く言ってから、顔を上げると、おずおずと確認するように訊いてきた。
「……クロアは、昨日の夜、私の部屋に来た……?」
「………」
クロアは、少しの間何かを考えている様だったが、やがてこう返した。
「――いや。昨夜は俺もすぐに休んだ。
 だから、ルカが心配するような事はない」
「そ、そっか。よかった……」
ルカは、本当に安堵したようだ。
ほっと胸をなで下ろすその様子を、クロアはじっと見ていた。
やっと、ルカは気晴れた表情を見せた。手を後ろで組んで下からクロアを覗き込む。
「なーんだ、クロアは昨日早かったんだ。ちょっと心配しちゃって損したかも。
 ……でもその割にはクロア、目が赤いよ?」
「あ、いや少し寝不足で……」
「ふーん。……昨夜早かったのに?」
もっともな指摘に、クロアは内心ぎくりとしたが、ルカはそんな彼の挙動には
気付かずに自分の言葉を続けた。
「あー! 分かった。夢見が悪かったんでしょ?
 実はね、クロアの顔見たら思い出したんだけど、
 私も昨夜はすっごい夢見ちゃって……―――っ」
そこまで言って、ルカは、ばっと自分の口を塞いだ。
見る間に顔が真っ赤になっていく彼女に向かって、クロアは追従する。
「…………。へぇ……。
 夢って、どんな? 俺も出てたのか?」
やぶへびだったとばかりにルカは両手を顔の前に出してぶんぶん振った。
「なんでもないよっ! い、今のは忘れてっ!」
「そう言われても。……ルカが自分の見た夢の話するなんて珍しいからな。
 ちょっとどんな感じか、興味があるというか」
「え、そうだったっけ? でも何ていうのか……ちょっとアレは、
 欲求不満だったのかなぁって感じなだけで……」
言いながら、しっかり誘導されている事に気付いたルカは、
あわててそっぽを向く。拍子に髪の切れ間に見えた耳も、赤かった。
むぅ、と軽くむくれてルカが言い放つ。
「もーう! ノーコメントっ!」
「分かった分かった」
クロアは中指で眼鏡を押さえ直して、苦笑した。
「じゃあ、最後にひとつだけ」
「内容によっては黙秘しますっ」
ルカの念押しにクロアはそれでもいいから、と返してから、訊ねた。

「ルカにとって、それはいい夢だったか?」

少し、妙な質問だった。

ルカもそう感じたのだろう。きょとん、とした表情でクロアを見返した。
だが、やがて視線を下に落とすと、小さくまるめた右手で口元を隠しながら
こくん、と頷いて黙示した。
「えへへ。……ちょっと、夢だったのが勿体なかったなぁって
 思っちゃうくらい……」
頬を染めたままで、ルカはぽつりと呟いた。
「そうか」
クロアは、目を細めた。
そして、彼はもう何も言わなかった。

それでもルカは落ち着かないようで、あちこちに視線を走らせた後
そうだっ、と何かを思い出したように声を上げた。
「わ、私、ジャクリとクローシェ様起こしてくるねっ。
 そろそろ朝食だし!」
「ああ、そうだな。頼む」
「うんっ、じゃあまた後でね」
ひらり、と華やかな衣装を翻して、先程降りてきた階段を駆け上がってく
ルカの背中を、クロアは見えなくなるまで見送る。
そうしてから、長い溜め息をついて―――自嘲した。
やがて、誰にいうともなく、心の中に堅く銘ずる。

―――続きは、今度こそ、君の意思と共に。




……その後、なかなか朝食に起きてこないジャクリに対して旅の仲間が
心配するのだが、クローシェの
「何だか調子が悪いみたいなのよ。ですから今日は皆、一日待機にしましょう。
 私とルカでジャクリは看ますから、他の方々は面会謝絶です!」
という強い通達により、詳細はうやむやにされた。

クロアが、苦心してあの夜に起こった『珍事』をクローシェから聞き出し、
その偶然と幸運を一人ひっそりと感謝するのは、数日経ってからの事である。






                 ―――おわり



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since 2007/12/22















二次創作の王道を詰め込んだ話
そしてこだわり萌えをこれでもかと(ry
ちなみに読みは「ないしょあくぎ」

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