ある夜の宿会話


ある夜の宿会話
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「羨ましいなぁ……。解ってはいても、やっぱり」

それは夜が更ける前、ベッドに腰掛け二人きりで交わすひとときのお喋りの最中。
会話がやや切れた後、ふとそんな事を漏らすルカの言葉を受けてクロアはああ、と気付いた。
「ジャクリのコスモスフィアと、フレリアのバイナリ野のことか」
「……。うん」
ダイバーズセラピという職業柄、ルカがあの二人の精神世界に強い興味があるのは知っていたし、
また、実際にダイブしてみて、そんな羨望を抱いているのもクロアは察していた。
ダイバーに架空の世界と人物設定を与え、楽しませる事の出来るジャクリとフレリアの精神世界は
ルカにとって衝撃であっただろうし、事実、挫折に近しい敗北感を味わったのは想像に難くない。
「ジャクリにはハッキリ言われちゃったしね。……私には絶対、どんな努力をしても無理だって」
「ジャクリは、まあ……普通じゃないから仕方ないさ。フレリアは神だし、オリジンだしな」
クロアのその何気ない台詞は、気落ちしているルカをますますへこませた。
そんな彼女の後ろ向きな空気を察して、クロアは言葉をやや慌てて次ぐ。
「すまない、言い方が悪かった。でもこればっかりは仕方のない事だからな。
 セラピで使えたらっていうルカの気持ちも分かるが……」
「うん、それもあるけど。でも一番は……」
ルカは俯いていた顔をあげて、横に座るクロアをじとりと見つめた。
「私のコスモスフィアでも、クロアにあんな風に楽しんでほしいなって」
「え?」
クロアはルカを見つめたまま、拍子抜けした声をあげた。
「だって、クロアすっごく楽しそうなんだもん。……正直、羨ましくて」
「……ちょ、ちょっと待ってくれ。楽しそうに見えたか? そんなに」
「うん」
少し拗ねた感じの返事に、彼は軽く眩暈を覚える。
「………確かに、楽しいことは確かなんだが、でも正直あれは……」
「何かいつもと違って生き生きしてるように見えるし。別人みたいなんだもんクロア」
言葉の終わりを待たず、まくしたてるルカに負けじとクロアは交戦の口火を切る。
「解ってないみたいだから言うぞ。あれは、俺の性格が改変されてるんだ。
 だから別人というのは確かに間違っていないし、あの『世界』での発言は現実の俺の本意じゃない。
 そこのところを勘違いされると困るんだが」
「ふーん。でも楽しいんでしょ?」
目を離さずに詰問を重ねてくるルカに、思わず脱力しながらも続ける。
「あのな。結構現実世界に戻った時、しんどいんだぞアレ……。確かに最中は入り込んでるから
 楽しんではいるが、その、いつもの自分とのギャップに苦しむと言うか……。
 急に我に返って頭痛くなることも、実はある」
頭を押さえながらクロアは長い溜め息をついた。そんな彼の様子を見つめていたルカは一言。
「実性格を変えちゃう事が出来るなんて、本当によく出来た精神世界だよね……。
 やっぱり、羨ましいな」
「……人の話聞いてたか?」
今度はクロアが、じとりとルカを見つめる番だった。そして問う。
「だいたい、楽しんでほしいってルカは言っているが、何か物語のアイディアとかあるのか?
 逆にどんな展望があるのか気になる」
ルカはたちまち黙り込んでしまった。視線を膝元にさ迷わせて、手持ちぶたさをごまかす様に
両手指を交差させている。程なくして、焦げ付くような横からの視線に圧されるように呟いた。
「うーん……。やっぱり、学園が舞台の話、かなぁ……」
「うん、どうしてだ?」
「……どうして『どうしてだ?』なのっ? どういうお話なのか聞いてくれてるんじゃないのっ?」
「どうして学園が舞台なのか、何か理由がありそうだったからな」
ルカはきまりが悪そうな表情を返す。
そして、どこかほんのりと頬を染めつつ――観念した。

「あの二人の精神世界で見た、クロアの制服姿が、格好いいなーって……」
「……。うん」
「それに、眼鏡との組み合わせが、いつもよりすごく……似合ってたし……」
「…………………………」

(それが本音か)
「違うもんっ!」
「まだ何も言ってないぞ」
苦笑気味に返すクロアに、軽く拗ねた表情でルカは言葉を尖らせた。
「分かるもん、クロアの考えそうなことくらいっ。ええとねっ、
 ……理由はそれだけじゃなくって、ちゃんと他に……」
「わかったわかった」
「判ってないーっ」
あからさまにルカはむくれた。やり場のない、このいたたまれなさをごまかす様に、
クロアの胸を軽くぽかぽか叩く。
ひとしきり叩いた後も、まだ気の納まらないルカは反撃に出た。
「じゃあクロアならどんな世界で、どういう事がやってみたいのっ?
 クロアの意見を聞かせてみてよぅっ」
「……うーん」

明らかに口論するポイントがズレてきているのだが、敢えてクロアはそこには触れずに
考える態度を取った。思案している振りをしながら、するっと眼鏡を外す。
そうしてから、挑む様に見つめてくるルカに視線を向けて、至って爽やかな笑顔で言う。
「そうだな……。じゃあ、こんなのはどうだ?」
きし、とベッドマットを軋ませながら、距離を詰めてきたクロアの大きな手が、
ルカの華奢な肩を掴んだ。

「ちょ、ちょっと待ってクロアっ! 
 なんで私にのしかかろうとしてるのか、な……?」
両手でクロアを押し返しながらの、ルカの困惑した言葉。
そんなルカを中途半端な姿勢で見下ろしながら、クロアはややわざとらしく首を傾げた。
そしてさらりと言ってのける。
「そうだよな。――キスしてから押し倒すべきだよな。順番は守らないと」
「何の順番っ!?」
「それともルカは押し倒されて無理矢理、の方がいいのか?
 好きな方でいいぞ。――言ってごらん」
眩むような色声で囁かれて、ルカは完全に冷静さを失った。それでも余力の限り懸命に応戦する。
「は、話がおかしくなってないっ!? 私はクロアにどんな世界で、
 どういう事がやりたいのかって、聞いてっ……」
耳まで染めながら倒されまいと必死にばたつくルカを、クロアは強く見つめる。
心と身体の熱さを感じさせない、静かな口調で、最後の通達。
「今まさに、なんだが」

どんなによく出来た創リモノの世界より、涙誘うドラマチックな物語より

――――この世界と、君のとなりで。


「ち、ちょっと待っ、クロア――――ん、っ」

会話が、ぷつりと切れた。
代わりに直後、ばふん、とベットマットが軽くはずむ音がした。




―――それから、だいぶ暫く経った後。

「……クロアの、ばかっ」
彼の胸に火照る己の顔を埋めて、ぽつりと少女はつぶやいた。
彼女を包む腕に力を込めながら、青年は邪気のない笑顔で受け流す。


ありのままの、ふたりがいる。
それは、何ものにも換え難いしあわせ。



                おわり





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since 2008/3/23















小ネタ話その1
困ってるルカは可愛いと思う

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